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Harmonic Mnemonics

昨日の自分から今日を学ぶために

前向きな明日を迎えるために

はじめに

この頃,今ちょうど自分は人生の過渡期を迎えて来てるのではないかと考えることが多く,それ故に人生という物について漠然と考えることも多くなった.どのようにすれば人生を上手く亙っていくことが出来るのだろうかともよく考えるようになった.(そもそも上手い必要があるかという話は今回は置いておきましょう.)

そんな日々を過ごした結果得られた,人生を上手く亙っていく方法,いやそんなに大きくない.とりあえず,前向きな明日を迎える方法として大事だと思うことをここにメモして置きたい.

日々を納得するということ

最近大学で受けた授業があり,その課題図書として読んだ本がある.

みんなの楽しい修行: より納得できる人生と社会のために

みんなの楽しい修行: より納得できる人生と社会のために

 

この本は著者が著者の経験に基づき,「より納得できる人生と社会」を実現する方法を紹介するものである.

別にこの本の内容に同意するというわけではない.別にその授業が非常に良かったというわけでもない.しかしながら,先ずこの本のサブタイトルにある「納得できる人生」という表現は,なかなか良いものではないかなと思う.

自分が自分の人生を評価する時,必然的に過去の事象を省みながらあれこれと思考をすることになる.残念ながら過去の事象はその時にはもう変更することは不可能である.ならば開き直り,自分の選択に納得してしまうことが大事なのではないだろうか.

成功だったか失敗だったかどうか考えるのはほどほどにして,得られた結果に納得していけないだろうか

自分らしく生きるということ

自分らしく生きることはストレスを溜めないために重要なことである.私は比較的自分らしく生きている人間であると自負しており,何かストレスを感じることも少ないのだが,やはり人間どうしても従うことが出来ない場面というのが存在する.本当はネガティブであるのに明るく振る舞ったり,場を乗り切るために全く同意出来ない上司の意見を呑んだり.

そこで多くの人は,自分らしく生きることが出来なかったと考えてしまうと思う.しかし,それは本当なのだろうか.

繕ってしまう自分も自分,場を乗り切る為の苦渋の選択をする自分も自分.もちろんそのように俯瞰して眺めている自分も自分である.結局,人間の行動なんて人間の脳が命令した範疇でしか起こせないものなのだ.自分らしく生きていない時間など存在しないのではないだろうか.

何か自分にとって不服な行動をした時,それは自分らしく生きられていないのだと考えるのではなく,これもまた自分らしい行動なのだなと客観的に認めてあげることで,納得できるのではないだろうか.

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